「墨東綺譚」永井荷風

自分がまだ20代だった頃に永井荷風ってなぜ人気なのかな?と思いつつ、彼が追い求めた世界観に憧れを抱いていた。ということで、実はこれまでにも荷風氏の著書は色々と読んでいるが、正直全く腹には落ちていない… が、アラフィフになって少し実感できるようになった気がしたかも。

文庫概要

タイトル墨東綺譚
著者永井荷風
出版社旺文社文庫
この写真にちなんで、こちらの文庫を紹介したい。

これまでは新潮文庫で読んでいたけど、旺文社文庫に出会えたので。旺文社文庫は解説が吉行淳之介氏だったのが、嬉しかったりする。本来の「墨東綺譚」の”ぼく”の字が表示できないけど、タイトルも雰囲気を醸し出しているし、漢字はアルファベットと異なり見た目でも訴求力があるなと。こういうタイトルが思いつく荷風氏のセンスが、人気の秘訣なんだろうな。

自分が墨東の意味を説明するのも野暮だけど、要するに墨田区の東側地域らしい。

内容紹介

「墨東綺譚」

  • 墨東綺譚
  • 作後贅言
  • ひかげの花

「墨東綺譚」より

言葉には少しも地方の訛りがないが、其顔立と全身の皮膚の綺麗なことは、東京もしくは東京近在の女でない事を証明しているので、(略)性質は快活で、現在の境涯をも深く悲しんではいない。寧この境遇から得た経験を資本にして、どうにか身の振方をつけようと考えているだけの元気もあれば才智もあるらしい。

主人公の女性の説明をするのだけど、著者の他の作品やら読んで予備知識が蓄えられると、荷風の女性に対する理想像かなと妄想する。

正直、最後はやや尻切れトンボで言い訳気味に終わってしまうが、著者本人が言う通り、引っ張ったり妙な結末をつけるよりは、著者らしいのかなと。

お雪はあの土地の女には似合わしからぬ容色と才智とを持っていた。(略)然し昔と今とは時代がちがうから、病むとも死ぬような事はあるまい。義理に絡まれて思わぬ人に一生を寄せる事もあるまい……。

もう一つの作品「ひかげの花」より

世間には立身栄達の道を求めたるために富豪の養子になったり権家の婿になったりするものがいくらもある。現在世に重ぜられている知名の人達の中にもこの例は珍しくない。それに比較すれば重吉はさほど其身を恥るにも当たるまい。女の厄介になって、のらくらしている位の事は役人が賄賂を取って贅沢をするのに比べれば何でもない話である。

このような記述は、著者の男性に対する理想像かなと妄想。

塚山は孤児に等しいおたみの身の上に対して同情はしているが、然し進んでこれを訓戒したり教導したりする心はなく、寧ろ冷静な興味を以て其の変化に富んだ生涯を傍観するだけである。(略)おたみが正しい職業について、或は貧苦に陥り、或は又成功して虚栄の年に齷齪(あくせく)するよりも、溝川を流れる芥のような、無知放埓な生活を送っている方が、却て其の人には幸福であるのかも知れない。道徳的干渉をなすよりも、唯些少の金銭を与えて折々の災難を救ってやるのが最もよく其人を理解した方法であると考えていたのである。

なお解説は、吉行淳之介氏。自分、吉行作品は自分まだ未消化なのだけど、吉行氏は荷風と通じるところはあるのかな?

両者とも女性にモテた感じがするけど、これまたやっぱり両者とも女好きな訳でもなかったようだ。まあ、その部分が自分としては読んでて妙な共感を抱いてしまうところだけど。なお吉行氏は解説で、次のとおり説明している。

「ひかげの花」は名作と言われているが、私は今度はじめて読んだ。しかし、「墨東綺譚」に比べると、大分落ちる。多元描写で、作者は作中人物の運命をあやつり、作品の中の偶然は実人生ではあり得ることだが、小説の中に置くと「できすぎ」て感じられる。文章は説明調なのだが、ここで不思議なのは、それは説明だけでは終わらず、その背後からなにか人生の味が立上がってくるところがある。説明しながら、描写している味も含まれている。ここのところは、一度ゆっくり分析してみる必要がありそうだ。

ふむふむ、なるほど。

確かに完成度は落ちるかもしれないけど、正直勢いがあって面白く読めたのは「ひかげの花」だった。だいたい、タイトルからして少々手抜きだったかも。「ひかげの花」はもっと練って、谷崎の「細雪」レベルまでの大作にして欲しかったかも。

「ふらんす物語」

こちらも新潮文庫でも同じノリ?で出版され、それなりに出回っているかなと。同じノリとしたのは、両方とも出版当時に使われた挿絵だかが、表紙に使われている。明治終わり1909年当時、このような内容で発禁処分になったらしい。ひょっとして、文章や口調は穏やかだけど、書かれている内容の実態は男性優位な振る舞いなのかな?

時代性もあり、当作品に限らず、荷風の作品は令和に生きる自分としては実感(共感)しづらい部分もあるのかもしれない。

旺文社文庫ではさらに、下記の2作品もあった。ヨーロッパを楽しんでいる感じがうかがえた。いいね。

  • モーパッサンの石像を拝す
  • 歌劇フォーストを聴くの記

この1冊でした(Amazon)

岩波文庫も好き、この表紙のあっさりさも岩波ならかなと。