「新・東海道五十三次」武田泰淳

カバー・杉全直

東海道を歩いて体感しよう!一人プロジェクトを実施中なだけに、東海道ネタがあるとつい読み出してしまう。奥様の百合子女史の著書は何冊か読んでハマっているものの、肝心のご主人の作品はこれが初めて。おいおい代表作を読んでいきたい。

文庫概要

タイトル新・東海道五十三次
著者武田泰淳
出版社中公文庫
この写真にちなんで、こちらの文庫を紹介したい。

この時代(昭和50年代)の中公文庫は

表紙・扉 白井晟一

とある、フム。どういうお方かとwikipedia を見ると出版社の社長とご縁があった建築家らしい。

一方、白井は山本有三の著書『真実一路(新潮社)』以来、自著も含む多数の装幀デザインを手掛けたことでも知られる。特に1962年創刊時にデザインされた中公新書の見開きは今も使われている。 ちなみに、1941年に建築設計を手がけた嶋中山荘は、当時の中央公論社社長、嶋中雄作の別荘であった。70歳直前に初めて出版された白井の作品集も、やはり中央公論社から出版されている。1973年に創刊された中公文庫の内表紙の鳩のイラストも、担当している。

色々と発見がある。

内容紹介

ラインナップは次のとおり。

  • 品川 – 鮫洲 – 泉岳寺
  • 川崎大師 – 鈴ヶ森 – 横浜 – 追浜
  • 鎌倉 – 江の島 – 茅ヶ崎 – 国府津 – 富水 – 箱根
  • 遊行寺 – 三島大社 – 千本松原 – 三津浜 – 富士市
  • 水口屋 – 清見寺 – 坐漁荘 – 新居の関 – 丸子 – 久能山 – 日本平
  • 登呂 – 三保の松原 – 浜松 – 姫街道 – 館山寺
  • 三ヶ日 – 豊田 – 犬山モンキーセンター – 明治村 – 蒲郡
  • 本部田 – 知多半島 – 渥美半島 – 名古屋
  • 長島温泉 – 専修寺 – 鈴の屋 – 伊賀上野 – 伊勢神宮
  • 三井寺 – 琵琶湖文化館 – 石山寺 – 琵琶湖一周
  • 到着したけれども

もともとは毎日新聞への連載が元になっているらしい。

文庫本背面にあるダイジェスト解説によれば

のんき者の「私」とハリキリ屋のユリ子さんが繰り広げるカー時代の弥次喜多道中! 名所見物ももちろんのこと、喧嘩もすれば事故も起こす。さてお二人の五十三次、たどりつく先は……

とあり、名所巡りの解説というより、名所をめぐる道中のあれこれ話の方が多く、なんだかそこの名所のイメージをつかむことなく話が進んでいる不思議な文章であった。

鎌倉 – 江の島 – 茅ヶ崎 – 国府津 – 富水 – 箱根

「女の子を生んだら許さんからな。男の子なら教育のしがいがあるが、女の子なんかつまらんからな」
 私はムリな命令を下していたが、彼女は杉並区オギクボ天沼の衛生病院で、女の赤ん坊を生んだのである。井伏鱒二先生のお宅の近くに間借りしていて、蒲団のかわりに蚊帳をひっかぶったり、座ぶとんを並べたりしていた二階ずまいだった。

現在であれば、炎上レベルの発言であるが、懐も奥も深い百合子女史はいかようにかわしたのだろうか? という点より、ここではあまりにも自分にとってのご近所な話題にモーレツな親近感が押し寄せた・

遊行寺 – 三島大社 – 千本松原 – 三津浜 – 富士市

大磯の話をしていたかと思えば、藤沢の遊行寺の話になっていたりする。

「行く先さえはっきりしていれば、どこへでも連れてってあげる。目標が定まらないのは困るわよ」
「あんまり欲ばっても、書切れないしなあ」
「そうよ。写真だのお守だのお札だの。マップや絵葉書やノートだの。資料ばっかり集まったって、みんな放ったらかしてあるから、整理するのはわたしだもの」
 彼女の整理能力、整理ぐせ、整理気ちがいはウルトラC級であって、私自身の未来までやがてはせいりされそうなのであった

五十三次ながら、川崎大師はまだしも、鎌倉や江の島まで寄り道している。それはそれで構わないし、東京と京都をつなぐ街道を実感させてくれると同時に、カーナビなしの右往左往ぶりに読み応えがあると思っている。

嫌味と皮肉だが、旅道中のあたふたな雰囲気はとても感じられるのだが、東海道の雰囲気がちょと乏しい。

この1冊でした(Amazon)

新装も悪くないけど、旧装の方がイメージ(妄想)喚起作用が大きいかなと。