「脂肪の塊」作家による短編集最終巻は戦争と怪奇(3)

文豪娘である森茉莉女史も意識していた短編いろいろ

第一巻の田舎もの&第二巻の都会(パリ)に続いて、

彼も従軍した普仏戦争を扱った戦争もの、超自然の現象に取材した怪奇ものである。

本のタイトルモーパッサン短編集Ⅲ
訳者名青柳瑞穂
出版社新潮文庫
この写真にちなんで、こちらの文庫を紹介したい。

大地に生やしている根を人間性にたとえている記述にちなんだ画像、ちなみにこちらはカロライナポプラという少し珍しい木です。

時代は1880〜1890年だから明治初期

最終巻のラインナップは下記のとおり。

  • 二人の友(Deux amis)
  • 狂女(La folle)
  • 母親(La mere sauvage)
  • 口ひげ(La moustache)
  • ミロンじいさん(Le pere Millon)
  • 二十九号の寝台(Le lit 29)
  • 捕虜(Les prisonniers)
  • ヴァルター・シュナッフスの冒険(L’adventure de Walter Schnaffs)
  • 廃兵(L’infirme)
  • 従卒(L’ardonnance)
  • 恐怖(La peur)
  • オルラ(Le Horla)
  • たれぞ知る(Qui sait?)
  • 手(La main)
  • 水の上(Sur l’eau)
  • 山の宿(L’auberge)
  • 狼(Le loup)
  • 月光(Clair de lune)
  • パリ人の日曜日(Les dimanches d’un bourgeois de Paris)

オルラ(Le Horla)

こういう発想は好きだけど、こういう怨念?に作家は取り憑かれて理性を崩していったのだろうか?

この土地に、自分の根を、あの深くてこまかい根を生やしているからだ。じっさい、この根こそ、祖先たちの生れて死んだ地面に、人間を結びつけているのだ。人の考えることや、人の食うものに、風習や食糧に、方言や百姓言葉に、さては、土のにおい、村のにおい、空気そのもののにおいにまで結びつけているのだ。

wikipedia によれば、

  • 1888年 38歳 不眠症を患い奇行が目立つように
  • 1891年 発狂
  • 1892年 自殺未遂で精神病院に収容
  • 1893年 42歳 病院で没し、モンパルナス墓地に葬られた

感じやすい性格だから、これだけ人間性を感じさせる作品が描けたのかと思う。

たれぞ知る(Qui sait?)

この辺になると自然主義小説というより… 少し概念的になりつつなってくるのだけど

地上には二種類の人間がいる。すなわち、他人を必要とする人たち、他人によって気をまぎらわし、他人に心をうばわれ、(略)だから、孤独でいると、(略)意気銷沈する人たち。ところが、一方はその反対に、他人がいると、飽きて、疲れて、窮屈を感じ、肩の凝ってくる人たち。だから、孤立していると、落着ける人たち、休息の雰囲気に浸って、思念が自立し、かつ、自由闊達にひろがる人たち。

戦争ものの人の命が容易く消える話は、身につまされるものがあった。身の回りでそんな実体験を積んでいけば、よっぽど修行して精神的にも鍛えてゆかないと精神の崩壊もあるのかなと。自分は平和な時代にお気楽娯楽な身分で大変幸せであることに感謝している。

3冊にわたって短編作品を読んできたけど、いずれ長編「女の一生」「ベラミ」、タイトルが気になる「脂肪の塊」も読んでみたい。フランス版サマセット・モームっぽいけど、長生きしたモームの方が少し好きかも。

この1冊でした(Amazon)

このような編集本、ちくま文庫のラインナップが気になりまする。