
はじめに(画像の説明)
近頃自分、あまりこういう(どういう?)作品を読まずにいたなと。
どういう作品かと申せば、司馬遼太郎とか池波正太郎、松本清張など、昭和のバリバリ質も量もこなした作家の作品という意味でした。文庫で(一)〜(五)みないな作家の作品です。
一人の男と、祖母&母、妻と四人の妾など数々の女性との遍歴を綴っているのだが、この男性(ぼんち)がなかなかに魅力的なのは、やはり作者である山崎豊子女史の理想像だったりするのかなと。どうかな?
東京生活が長い自分ですが、文章を読むだけでも「大阪」を感じられる。1ヶ月くらい、大阪につかってみたい。
作品の構成
文庫本の説明によれば、
喜久治の人生修行を中心に、彼を巡る五人の女達、船場商家の厳しい家族制度、特殊な風習を執拗なまでの情熱をこめて描く長編。
650ページ、十章から構成されている。
執拗なまでの情熱、がいい。
引用から
「喜久ぼん気根性のあるぼんちになってや、ぼんぼんはあかん...... 男に騙されても、女に騙されたらあかんでぇ......」
どっちに騙される方がよいかな?とか、思ってしまう。男に騙される方は、裏切りという感じもするが。
それは、商人の火事見舞の不文律の作法であった。それだけに、最初(はな)見舞を激しく競い、平素から火事装束は、丁稚や手代の枕もとに備えて寝るのが、商家の心得であった。
「あとがき」より
大阪では、良家の坊ちゃんのことを、ぼんぼんと言いますが、根性がすわり、地に足がついたスケールの大きなぼんぼん、たとえ放蕩を重ねても、ぴしりと帳尻の合った遊び方をする奴には、”ぼんち”という敬愛を籠めた呼び方をします。
ちなみに「解説」は、なぜフランス文学者の河盛好蔵氏なのかが、自分には不明である。
「ぼんち」は良い意味なのかな、you are ぼんち、と使ってみたいかも。
