今週のお題「冬の楽しみ」
読書ですね、本に興味ない方は仕方ないですが。

書籍概要
20年以上前に一度読んだことがあり、当時は全く理解できずにいたが、今であれば少しは理解できるかな?と常々再読したいと思っていた。
ということで、再挑戦。
ざっくり、発表されたのは1934年だから小説舞台はおおよそ1930年頃のパリという感じです。
| タイトル | 北回帰線 |
|---|---|
| 著者 | ヘンリー・ミラー |
| 訳者 | 大久保康雄 |
| 出版社 | 新潮文庫 |
wikipedia より
Henry Valentine Miller 1891年12月26日 - 1980年6月7日 アメリカ合衆国の小説家
意外に長生きしてますね。
第一次世界大戦後のアメリカ人のヨーロッパ(特にパリ)への憧れが、モチベーションになって創作されたような感じでしょうか。
wikipedia には「作品内の性表現が法律に触れ、発禁になった」という記載もあるものの、そこをポイントに読んではいけない。そこをポイントに読んでも全く面白くないし、そうでなくても... 面白くはない(かもしれない)。
内容紹介
章立ても、これといった筋立てもなく、ダラダラと昭和の文庫本の字詰めで423ページ。読み始め、なかなか小説世界に入れずにいたが、夏休みの宿題日記のように毎日15〜20ページほど継続すると何となくその世界に入れた。
(略)パリに春がくるとき、この世の最も卑賤な生きものですら天国に住んでいるような気がするにちがいないことを。だが、(略)だが彼らは、いかにも故郷にでもいるような錯覚を与える。パリ人を他のあらゆる大都市の市民と区別するのはこれだ。 ニューヨークのことを考えると、非常にちがった感じをいだく。ニューヨークは金持にさえ自分がつまらぬものだおいう感じをもたせる。ニューヨークは冷たく、ぎらぎらして、意地がわるい。建物が支配しているのだ。
割と小説の始めの方に書かれている内容で、この内容を具体例を以って小説空間を繰り広げていけば読み応えもあると思うのに、それが妙に理屈っぽい概念的な著書の見解を語るから、面白くない(小説世界に入っていけない)と自分は分析している。
訳者による「解説」からの抜粋だけど、訳者なだけに勘所を押さえてあるなと。
ちなみに訳者は、新潮文庫のアメリカ文学ならこの方!という大久保康雄氏である。
あるとき、ある場所で起こった事件やエピソードが、一見無秩序とも思えるほど恣意的にかきならべてあるにすぎないし、登場する人物たちにしても、(略)主人公の主観に影を残すだけで作品ぜんたいの構成には何の有機的なつながりももたぬ場合が多々ある。
恣意的(しいてき)とは、ネット検索すると「客観的な理由やルールに基づかず、自分の気分や都合、思いつきで勝手に判断したり行動したりする様子」と教えてくれた。
これが小説か、と言った批評家がいるが、たしかにこの『北回帰線』は、小説なのか、エッセイなのか、自叙伝なのか、ファンタジーの物語なのか、ちょっと区別しかねるようなおもむきがある。
ということで、その辺を適当に自分の好き嫌いで読み進めてゆけば、それはそれで楽しかったりした。けれど、3回目の再々読はない(積読もたくさんあるし)。
この1冊でした(Amazon)
ちなみに、原題は Tropic of Cancer で意味はそのまま「北回帰線」なるが、Tropic が回帰線でCancer は蟹座ということらしい。
地球から見ると、夏至の時期の太陽が、かに座付近にあるため、このように呼ばれています。
そして、回帰とは「一回りして元の場所に戻る」という意味で、タイトルは悪くない!と(自分は)気に入っている。
