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「真田太平記」第5巻・信州戸隠には戦国時代の地霊が眠っていそう

佐助も登場!戸隠で修業の積んだのか?

忍者伝説が本当であっても不思議ではない、不思議な雰囲気を漂わせている。地名「戸隠」という響きですら、何かを隠している?っぽい。

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信州戸隠
Nikon D7200 with SIGMA 18-300mm

wikipediaには

真田幸村(信繁)に仕える忍者で、真田十勇士の第一・筆頭であるというのが一般的な設定である。
(略) 佐助は戸隠の山の中でひとり修行をしていたところ、摂州花隈の城主戸沢山城守の父の戸沢白雲斎に見出されてその弟子となる。

小説では残念ながら戸隠の言及はない。

この写真にちなんで、こちらを紹介したい。
真田太平記」第五巻・秀頼誕生
池波正太郎新潮文庫

日本戦国時代の総括「徳川家康」を学ぶ

高校で習う程度の徳川家康を知っていたが、この年齢になって豊臣秀吉から徳川家康への時代の移り変わりと、人心掌握(じんしんしょうあく)術を池波正太郎先生の筆で学ばせてもらっている。

別に自分、人の上に立つ!とか大きなことは考えてない。むしろ、人と付き合うにおいて、相手のことを知る方法が参考になるのかなと。それでも、実は割と独りでいるのも苦にならない。

人間という生きものには、なまじ、人の心を忖度する能力をそなえているがために、また、その能力を過信するあまりに、
「おもわぬ結果を迎えて、意外なおもいをする......」
ことが多いのである。

1974年(昭和49年)〜1982年(昭和57年)に連載された小説なのに、すでに「忖度(そんたく)」という単語が時折出てくる。

上記は、豊臣派である父・昌幸&次男・幸村と家康派となる長男・正幸のすれ違いを匂わせているのかもだけど、ちょと自分には違和感を感じさせ、正直よくわからぬ一文だった。

便利な世の中になったことはいうまでもないのだが、それだけにまた、世の中の仕組みも複雑となってきた。
「このような世になると、人のこころまで変わるぞよ」
こういったのは、ほかならぬ真田昌幸である。

それでいて、この文↑は「今の時代か!」とまで思わせる。

この巻では、秀吉にとっての後継者となる秀頼が誕生し、甥っ子の秀次は自死に追い込まれ、家族も処刑される。

これらの文は、きな臭い空気に包まれる折、父と次男の真田父子も在らぬ疑いをかけられた場合(仮定)の真田父のセリフであるが、歴史の結末を知っている自分には、少し引っかかる。だけど、この時代の武士はみな「生き延びる」ということに対しては、こういう見解を持っていたのかもしれない。

伊豆守は長男で、長男の嫁は家康派閥から迎えている。

「伊豆守には徳川がついておるゆえ、殿下も手を出すまい。そうなれば真田の血すじは沼田に残るわえ。なに、血すじを残すも残さぬも、わし一人にとっては別段かまわぬことじゃが......なれど、だれもかれもが人の血すじを残さぬでもよいということになれば、この日の本(脱字というより「の」が余計? 日本?)は犬猿の世界になってしまうゆえ、な」

秀頼誕生と秀吉の死で、時代背景は少しづつ展開してくる。

だからといって石田治部少輔三成の、秀吉へ対する忠誠に、疑問をもっているというのではないのだ。
 ただ、その〔忠誠〕をつくすために、三成は、
(手段を弄しすぎる......)
ように、おもえてならぬ。

結局、誰も彼も秀吉に魅了されていたんだ、よっぽど秀吉は人から愛されるキャラクターだったのか!と思う。

その一方で、秀吉の遺言を守るべく残された秀頼を守る人、石田三成は嫌いだから徳川家康になびく人、時代は強者が支配しないと世の中は再び乱れる?と考える徳川家康?という感じなのかなと思う。

そしてやっぱり家康は「なくまで待とうホトトギス」だなと。日本史の大きな流れは知っているが、各登場人物がこれから結末に向けて、どう描かれていくのかが楽しみだ。まあ、まだ結末までに文庫本1冊600ページが7冊もあるけどね。

こちらも、よろしければ! www.1book.jp

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真田太平記(五)秀頼誕生 (新潮文庫)

真田太平記(五)秀頼誕生 (新潮文庫)