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one book with a photo

和歌山熊野の神倉神社から見える枯木灘はこんなに穏やかなのに

お題「海派? 山派?」

山に傾く傾向だけど、海もいいかなと。

熊野古道への旅行と中上健次

やや突発的に決行した熊野行きだったけど、中上健次の世界を直に感じたい思いはあった。

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神倉神社から見える(多分)枯木灘
Nikon D7200 with SIGMA 18-300mm

小説中でも言及されている(固有名詞は出てない)場所から見える水平線。幸い天気もよく、もっとゆっくり見ていたかった思いも残る。

この写真にちなんで、こちらを紹介したい。
枯木灘中上健次河出文庫

中上健次作品は軽くないけど救いがない訳でもないかなと

読むのは早い自分なのに、この作品は読了まで時間がかかった。

(「岬」に続いて同じく多分筆者を投影している)主人公の秋幸は、土方という自然を感じる仕事を愛しつつ、澱んだ血を認識しどうにか自分なりに落とし前をつけようと足掻いているストーリー。

この一文の後に、密集しているだろう集落で事件や自殺が起こり、裕福な家は没落して放火と思われる火事が起こるまでの顛末がこれでもかと畳み掛けるように記述される。

秋幸の母の一族のみならず、この土地全体が奇妙な熱病につかれ、それをさます方法も知らずただ熱に焼かれるのにまかせるように、火事が起こった。

気持ちいいストーリーではないが、人間の暗部を執拗に感じさせる。

いつも誰かが見ているのだった。秋幸だけに限らずこの路地に入ってくる者はきまって物陰、窓のすき間、路地の家の前や隣りの家とのわずかな土地に生えた樹木や草花の陰からの眼に見られていた。

同じ内容を言葉を変えて繰り返している。次にある「中腹の神社」というのが、上の画像を撮影した神社かと。ここで言う「男」は自分の実父であり、育ての親ではない。

山を背にして海にひらいた町に面(つら)を突き出すように岩肌を見せた山の中腹の神社は、いま秋幸の眼に見えなかった。(略)男の家は、丁度その山の側の高台になったところにある。男は路地から高台に駆け上ったのだった。

ここは実話かどうかは不明だけど、「きょうだい心中」とは穏やかでない。しかし、これはこれで、澱んだ血を象徴する重要なモチーフだったりす。

きょうだい心中とは町中のそこかしこで盆踊りに唄われる音頭だった。

兄が妹に恋をし、妹は兄をたしなめるが兄は言うことを聞かず、妹が思いを寄せる相手を殺してしまうが実はそれは妹で、悲観した兄は自死するという救いのない音頭。

秋幸は育ての親でもない実父を実母同様に快く思っていない。

秋幸は男の顔を見ながら、虫のいい話だ、と思った。男の話は数かぎりなくきいた。山を巻きあげた、土地を巻きあげた、という話ばかりだった。ろくな物はなかった。(略)悪どい事をやって成り上がった男のきれいごとにすぎない、と秋幸は思った。

そして秀雄とは、異母弟である。

街中で見る秀雄は手を触れると噛みつかずにはおかない野犬の感じがした。

これがまた、異母兄である秋幸とぶつかる。

秀雄の血かそれとも川の水なのか判別がつかないものが、石と石の隙間でひたひたと波打っていた。(略)この土地をも、枯木灘をもおおっていた。

熊野の説明をするが、自分やっぱり「土地」が絡む話は好きだとつくづく思う。やっぱり、その土地によって人間って特徴付けられるかなと。

その土地は、海沿いを行けば大阪へも名古屋へも、山の道をたどれば奈良へも、通じていた。(略)そこはまた熊野三社へ詣でる人の寺社町、宿場町でもあった。紀州徳川家の家老水野出雲守が治める城下町だった。

ネタばらしにもなるが、秀雄に絡まれた秋幸は逆に秀雄を殺してしまう。美恵とは異父姉である...。というように、狭い地域で父や母が異なる兄弟姉妹がひしめいている。

「母さんは気落ちしてないの。人が後ろ指さしたりするやろけど、秋幸がわなにひっかかったようなもんやから。心配せいでもええよ。気の弱い美恵さえ、秋幸は悪りことおないと言うてるんやから」

日本語を母国語とする自分は、その土地の言葉である方言は「読ませるな!」と嬉しく思うが、仮に外国語に翻訳する人は辛いところだなと。

そして、中上ワールドを象徴しているのが次の文章。

「そんな入り組んだことしてしまうだらしない人間が多いんやよ」と言う。「仁一郎も、繁蔵も文造も、竹原の男らだらしないさか、ややこしいのつくってしまうんや」ユキが言う「ややこしいの」とは、徹のことだった。

登場人物も多く、誰が誰とどういう血縁関係なのかを把握するのに一苦労だが(「登場人物系図」付き)、これが中上ワールドでは重要だから仕方ない。徹というのは、秋幸とは直接血の繋がりはないものの、小説の中では渋いポジションをキープしている。

「ややこしい」だけあって、次なる澱んだ血の展開を期待させる人物でもあるが、この小説では上記のような思わせぶりの一文で終わっている。

次のように解説されている。

同じことの執拗な反復である。(略)家族の出来事が通奏される。(略)フーガ的な反復として、徐々に強度を高めていく。同じ音が幾度も鳴り、その極まりのなかで、秋幸の殺人が生じる。

家族(血)絡む重い小説は、ガルシア=マルケスの「百年の孤独」やフォークナーを思い起こさせる。軽い内容ではないけど、作者は書くことで救われるのかな。

澱んだ血に発狂する人物が存在する反面、人を信じて前進しようとする人物が存在するのも救われるかなと。いずれにせよ読み応えは十分だったけど、自分は誰にも勧めないかなと思う小説だった。

この1冊でした

枯木灘 (河出文庫)

枯木灘 (河出文庫)

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