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晩夏を期待しつつ読んでみた米国南部の物語「八月の光」

お題「夏休みの思い出」

仕事しかしてないけど、タイトルは8月にぴったりの1冊だった。

「アザミ」は夏の花なのだろうか?

諸事情により、夏の小説を読みたかったので、つい何でも夏につなげてしまう。

f:id:yfroot425:20180831224721j:plain Nikon D7200 with SIGMA 18-300mm

昨年の夏に志賀高原で見たアザミ。やっぱり、夏の花なのかなと。

小説の小道具としてアザミを取り扱っている。

その声は軽くて、無造作で、アザミの花が音もなしに、重みもなしに、沈黙へ落ちるかのようだ。

調べてみると、けして夏の花ではなさそうだ。

八月の光
フォークナー新潮文庫

こちらを読んでみた。

ちなみに「アザミ」スコットランドの国花らしい。

フォークナーでアメリカ南部の土着性を感じたい

行ったことがないので、完全なる妄想だが、アメリカ南部には東部や西部とも異なり、何か独特なアメリカンがあるのでは?と自分のうちに期待がある。

と言いつつ、フロリダは関心が薄く公民権問題みたいのは全く興味ない(すみません)が、漠然とテキサス州とかテネシー州には憧れがあり、「風と共に去りぬ」とかケイジャン料理とか音楽とか.. とりとめもなく気になる。

wikipediaでも「恐らく最も有名な南部の作家は、1949年にノーベル文学賞を受賞したウィリアム・フォークナーであろう。」と言われているフォークナーを読み進めている。「フォークナーは意識の流れという新しい手法と、複合した物語の手法をアメリカ文学に持ち込んだ」と言われているが、読みやすい小説ではないので、そういう観点を押さえて読むことは有効だと思う。

個人的には、まずわかりやすいとこで

柔らかさ優しさ若さ、そういった素質のほとんどすべてを汗とともに流し落してしまっていて(彼はちょうど四十歳だった)その体に残ったのは頑固でひたむきな我慢強さと自分の血統へのわびしい誇りだけなのだった。

やや詩的な比喩や

『何事でも習慣になると、それはまた真実や事実とはうんとかけ離れたところへ行ってしまうものだからな』

ことわざっぽい薀蓄も嫌いでない。

その声は軽くて、無造作で、アザミの花が音もなしに、重みもなしに、沈黙へ落ちるかのようだ。

小道具を用いての状況描写も好きだ。

タイトルは「八月の光」なので、夏=アザミと掛けたかな?と深読みしてしまった(結論は外しているっぽいが)。

彼は 何かが起こるんだぞ、俺には何かが起こることになるんだぞ と考えてさえいなかった。

この辺がいわゆる「意識の流れ」という言うやつですね。「考えてさえいなかった」と言う反面、少し訳あり風の雰囲気を漂わせながら何か(事件)が起きる。

文庫本1冊で700ページ弱の長編で、ストーリーはわりとシンプルで直線的、なので登場人物も追いやすいのだが、その「意識の流れ」みたいな部分が少し読みにくいかも。しかし、そこが物語を重層させる。複雑な小説を読み慣れてないと、この辺が逆にすごく退屈だと思う。

以前読んだ「サンクチュアリ」もそうだったけど、意外に一番エグい事件についてはあっさり淡白で「事件があった。以上」みたいな報告だけ。

どこが「八月の光」なのだ?

「(略)わしなどは、幸運にもただ愛の苦しみも知らずに年を重ねた老いぼれにすぎんのだからな」

途中まで、それほどプレゼンスのなかった胡散臭い登場人物が放った自己卑下な言葉。なんと、後半以降は彼(ハイタワー牧師)の言動が軸になり物語は結末に向かって伏線が(わりときちんと)回収されていく!

(略)自分がこの薄れゆく銅色の光をどんな気持ちで見つめたか、ハイタワーはいまも思い出すことができるのだが、その光はほとんど耳に聞こえそうに思えたものであった、それはまるでラッパの黄色い音色が沈黙と期待のはざまへと落ちてゆくようであり、そしてそのなかからあの響が起こってくる。

ここでの「光」が八月の光なのかな?

南北戦争の余韻、黒人白人の人種差別など、どことなく南部らしいテーマを盛り込んでアメリカを感じさせてくれた。全く日本人とは異なる文化背景や思想を感じさせてくれるかなと。

この1冊でした

八月の光 (新潮文庫)

八月の光 (新潮文庫)

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