本1冊写真1枚

one book with a photo

練馬区石神井公園近くに住んでいた火宅の作家は檀ふみ氏のパパ

お題「好きな作家」

杉並区民が感じるライバル練馬区

杉並区住民の自分は、勝手に世田谷区と練馬区にライバル心を抱いているけど、善福寺公園に匹敵するように石神井公園がある。

f:id:yfroot425:20180201003017j:plain
週末には多くの人で賑わう練馬区石神井公園
Nikon D7200 with SIGMA 18-300mm

東京23区とは思えないほど、緑深い地域です。

武蔵野三大湧水池がある地域であるが、吉祥寺の井の頭公園と異なりかなりの野趣がありますかも。 yfroot.hatenablog.com

そんな地域が似合う作家かもです。

かつて、この近くに作家の檀一雄氏が住んでいたはず。そして、きっと今も女優の檀ふみ氏が住んでいるはず。

この写真にちなんで、こちらを紹介したい。
花筐(はなかたみ)檀一雄講談社文芸文庫

愛読書「火宅の人」の原点を知る感じだった

万人にオススメできる小説ではないですが、私は女優・檀ふみさんのお父さまによる、この長編が好きで、機会?があると再読している。内容は、ざっくり多少下衆な言い方をしてしまえば、家庭を振り返らず愛人の元に走る…… という、家族にしてみれば不愉快なものである。

そして、個人的にはタイトルも気に入っている。「火宅」という言葉に独特のセンスを感じる。参考までに、意味をネットとで調べると、

仏教用語。人々が,実際はこの世が苦しみの世界であるのに,それを悟らないで享楽にふけっていることを,焼けつつある家屋 (火宅) の中で,子供が喜び戯れているのにたとえた言葉。

まさに、この小説全てを表している単語かと。単語が存在するということは、結局、人は火宅に陥る可能性を秘めているものかなと。

今回読んだ短編「花筐」は昭和11年に発表された初期の短編で、「火宅の人」にも通じる「やるせなさ」があったかなと。それなのに、読んでいる限りでは妙に時代を感じさせない雰囲気だった。

鋭い個性は磨損し隠蔽しつくされて、教授達の顔にはたぐいない安堵と、同時にまた例のにがい焦慮がもどってくる。学校とはこのような不可解な有機作用を営む性懲りのない組織体のことである。

学校を表現するにも、諦念を感じさせるかなと。若くして、こんな気持ちになるのは、時代のせいか?育った環境か?

すると又ゴトリと隣の少年が立上った。例の畸形のように巨きな頭の持主である。その頭をゆらゆら空気のなかに浮遊させ、ゆっくりと出ていった。何という独創的な退場だ。

細かいことにも、驚いている。繊細だ。

彼はふと立留った。歩き方が、というよりも何かしらもっと重大なところにうつろな気持ちが宿ってくる。

意味もなさそうな行動に、いちいち意味ありげに。なのに、「うつろな気持ち」だから、やっぱり魂抜けている?

映画はこれ!

「花筐」を実際読んでみたいと思った動機がもうひとつある。

昨年年末に公開された、映画である。まだ観てないけど、久しぶりに映画館で観たい映画だった(過去形)なと。見逃してしまった。


【予告編#1】花筐/HANAGATAMI (2017) - 窪塚俊介,満島真之介,長塚圭史

大林宣彦監督が長年温めていたらしいが、「諦念の美」を期待させてくれる(と自分は思っている)。

他の短編も、後の檀一雄作品につながる要素を感じさせるものだった。だけど、やっぱり自分はあの「火宅の人」が好きだな。

この1冊でした

花筐・白雲悠々 (講談社文芸文庫)

花筐・白雲悠々 (講談社文芸文庫)

GoTop